職人紹介

種市棟梁とともに歩んできた寡黙な仕事人

建て主様と気持ちを1つに

学校を卒業してから、種市棟梁に弟子入りして40年になります。
棟梁から厳しく言われたのは、『普通の感覚を持て』ということでした。
この普通の感覚というのが今でも本当に難しいと感じています。

同じものを見ても人によって感じ方が違うように、私たちが建て主様のために良かれと思ってやったことでも、相手によっては理解されない場合があるからです。

私たちは、建て主に替わり家を建てさせてもらっています。
最大限に良いものを使い、建て主様とやり取りをしながら細心の気を使って、満足いただける家創りをしています。

それでも気持ちの食い違いが出るときがあります。
その時は、仕事の手を止めてでも建て主様と話し合いをして、お互いの気持ちを1つにして行きます。

そういったやり取りをするからこそ、お互いが納得できる良い家が出来てくるのだと思います。

種市工務店の建てる家とは

一般的に、安く、早く建てられて、最新の設備が使われている家が良い家と言われていますが、そういう家はお客様が本当に望んでいる家と違うのではないかと思います。

世の中は手作りの時代から離れて行っていますが、住む人が暮らしやすく、木をふんだんに使った手作りの家は、日本人が昔から親しんできたものです。

住む人の心が休まり、気持ち良くのんびりできる木の家。
それが、種市工務店が建てる家です。

木の声を聴く東北の匠

親方から学んだ心構え

私の子供の頃は何もない時代で、自分でモノを作って遊ぶのが当たり前でした。そんな環境の中で自然と大工の道に進み、今年で43年になります。
子供の頃からモノづくりが好きでしたから、私にとって大工は天職だったんでしょうね。

修業時代に親方からよく言われたのは、「規則正しい生活をしろ」、「きれいで早い仕事を心掛けろ」ということでした。
親方は、学校を出たばかりの小僧に、大工としての技術よりも心構えや生活態度などを教えてくれました。
今みたいに、手取り足取り仕事を教えてくれる時代ではありませんから、大工の技や技術は見て覚えろということで、それよりも良い仕事をする上での心構えを教えたかったのだと思います。

私は、木を現した和風の家が好きです。特に木の曲りに合わせて墨付けをし、刻み、組んでいく昔ながらの建築方法で建てた家は、時間がかかるかもしれませんが、どこか懐かしいぬくもりを感じる家になります。
時代の流れで仕方のないことなのかもしれませんが、今の家は“紙”と“プラスチック”で組み立てられた家であり、大工は組立屋になっていて、昔ながらの建築方法で家を建てることができる大工が段々と減ってきています。
とても残念なことです。

伝統技術と最新性能

種市工務店は、一つ一つ手作りしながら伝統の建築方法で家を創ります。
そしてその中に新しい建材や工夫を取り入れています。

見かけは昔ながらの家かもしれませんが、性能は最新のもので、夏涼しく、冬暖かい家です。

種市工務店の家は、私たち大工が住む人のことを考えながら、じっくりと時間をかけて最高の技術と最良の材料を使って建てる家です。

気は優しくて力持ち、手鉋(てがんな)の匠

「頭と刃物は切れなければだめだ」

今の日本の住宅建築は、機械で仕上げるのが当たり前で手仕事で仕上げることがほとんどなくなりました。
大工の仕事は、機械で削り、プレカットされた木材を組み立てることになっています。家のデザインも洋風が主流になっていますから、種市工務店のように手作業で純和風の家を建てることができる大工はほとんどいなくなっているようです。

現場で木を切ることさえ、機械が主流になっています。それほど技術がない人でも早く正確に仕事をすることができるようになっているのです。
しかし、熟練の技術を持つ職人が手で仕上げた木材の美しさは、機械で仕上げたものとは格段に違います。特に手鉋で仕上げた柱は輝いていますし、時間が経てば経つほど、良い色に変わって行きます。

私が修行させていただいた棟梁の口癖は、「頭と刃物は切れなければだめだ」という言葉でした。
手作業で家を建てることは時間がかかりますが、それはのんびりしているからではありません。ひとつひとつの部材を丁寧に仕上げるのでどうしても時間がかかってしまうのです。それでも少しでも時間のムダを省き、二度手間三度手間を防ぐために頭を使うことが大切だということです。

また、木材を綺麗に仕上げるためには、刃物の切れ味が重要です。そのために刃物は常に研いでおきます。修行時代、先輩の刃物を研ぐことをまかされることがありました。先輩の使う道具は、何万円もする高価なもので長年使ってきたものですから、緊張しながら研いだことを覚えています。
のこぎりを研ぐこと(目立て)もさせてもらいました。今はのこぎりを自分で目立てできる職人もほとんどいないでしょうね。

イメージ通りにどれだけ近づけるか

家を建てさせていただいている時に気を使うのは「建て主様の希望したイメージ通りにどれだけ近づけるか」ということです。

昔の大工は、俺の造りたいように建てる。という人が多かったようですが、今は建て主様とコミュニケーションをとりながら、企画プラン二ングして行くことが大切だと思っています。

伝統の技能を受け継ぐ若き職人

…父の仕事を見てきましたから

子供の頃、父(種市棟梁)に現場や作業場に連れて行ってもらっていっていました。重機(ユンボ)等にも乗せてもらったりしていたんですよ。

現場は整理整頓されているとはいっても、現場には“のこぎり”や“のみ”などの刃物や建設機械がありますから、いたずら坊主だった私の行動を見て、周りの大人たちはハラハラしていたんだと思います。

大工になろうとしたきっかけは思い当たらないのですが、子供のころから現場を遊び場として、父の仕事を見てきましたから、「自分は大工になるもんだ」と自然と考えるようになったんでしょうね。

卒業後、設備関係の会社に就職しました。大工は木工の技術を身につけることは絶対に必要ですが、これからの大工は多能工として、電気や水道設備の知識や技術を身につけることが必要だと思ったからです。

また、公的な資格も取りました。「二級建築士」「上下水道技術士」「電機二種」「クレーン運転士」などです。
どれも、家を建てる時になくてはならない資格です。

大目にみてもらえればと思います(笑)

種市工務店に入って、大工の仕事を一から学んでいます。

種市工務店の家は、プラモデルのようにあらかじめカットされた木材や建材を組み立てることではなく、ひとつひとつ手作りして創り上げる建て方をします。見えない所にも手を抜かず、もうけ主義で家を建てていませんから、「効率がわるいなぁ」と思うことも度々あります。

しかし、無垢材を使った手作りの家は、住めば住むほどに味が出てどこか懐かしい落ち着いた雰囲気がでてきます。建て主様だけでなく、孫の代まで安心して住める家ですから、工期が多少長くなるのは大目に見てもらえればと思います。(笑)

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